「わからない」から生まれる、仲間同士の関わりと私の変容
この記事は、CforC2021の受講生がプログラムを通して感じた、自分自身の変化や願いについて言葉にしたものです。
ぬか床にぐっと手をいれる。
そして、ぐちゃぐちゃ混ぜる。
毎朝の習慣になっている。重さだったり、やわらかさだったり、においだったり。身体で感じる。正直、ぬか床の管理の仕方って、よくわからない。でも、おいしいぬか漬けが気がついたらできている。この不思議はなんだろう、わからない。でも、楽しい。
このわからないというのが、今回のテーマである。
わからないことが嫌いになっていった
私たちって、わからないことが嫌いになってきたんだと思う。
学生のときに、先生から指名されても、わかりません!って、はっきりとした言葉で答えることができなかった。もごもご、教科書をちらちらと見ながら、なんとか答えようと口を動かしている。でも、先生や教室のみんなには伝わらない。そして、先生があきらめた表情で次の人に指名が回っていく。
わからないということは、私にとっては悪いこと、いけないこと、そして恥であった。
答えを出すことを、小学校のときからずっと求められつづけたのだから。先生の責任ではない。そういう学校のシステムに組み込まれてきたのだろう。システムのなかで私たちは、どうしても問題に対して答えを出さないといけない。それも、できるだけ正確にすばやく。これができないと、学校というシステムから、はじき出されるような怖さがある。だから、そうならないように、答えを必死に導き出そうとする。
学校から出ていく。そして、広い世界がみえるようになってくる。すると、わからないことはもっと増えていった。どうして、私はわからないんだろうか。
ああでもない、こうでもない。
おーい、答えってどこにあるんだよー!
そんなことで、一人モヤモヤ悩むことが増えていった。
PIECESのCforCに参加する
そう、今までの文章で何度も登場する「わからない」こそ、私にとって、いや、私だけではないだろう。頭のなかに頻繁に出てきて、去っていく。そして、またすぐにやってくるもの。
そのわからないという、モヤモヤっとさせてくれる言葉に。ゆっーくりと、やさーしく、ていねいに。
そうだ、赤ちゃんを抱っこするイメージっていえばいいのかな。そういう時間を参加者みんなで共有していく。この時間は、リフレクションと呼ばれるものである。
「どうしてこの子は、こういうことを言ったのだろうか?」
「どうしてあの私は、こんなことをしたのだろうか?」
正直よくわからないんですよね・・・
私はよくそんなことをつぶやくように話している。
はて、これはちゃんとした日本語になっているのだろうか。そんな私の発言にも、しっかり聴いてくれ、うけとってくれる場がここにはある。そうやって、一人ひとり、わからないことを持ちよる。そして、たったひとりの仲間のモヤモヤしてわからないことを、みんなで共有する。
一人ひとり、あっちこっちバラバラになって思いをめぐらして、沈黙の時間がやってくる。その時間も、この場では全く問題とならず、むしろ何かが深まっていく、発酵していく時間になる。そして、その沈黙を、そっーとやぶって、誰かがそろりそろりと話し出す。それに触発されたかのように、また誰かが、ぼそぼそと話し出す。
こうやって、子ども側の視点から考えていると、ふと関わっていた大人側の態度であったり、価値観であったり、その方の大切にしているものだったり。そんなものの、ぼんやりとした輪郭が立ち上がる。
この輪郭は、今まで自分でも気づかなかったような過去と結びついていたり、こんなこと考えてなかったと思うんだけどなあという、自分でも知らない自分というものが描かれていたりする。そして、その感情っていうのは、ときに自分だけでは抱えることができなくなるものであったり、厄介なものであったりする。そこで葛藤が生まれることもある。そういうときにでも、参加者の仲間は一緒になって、みんなでその感情を抱きしめてくれる。
そんな、優しい間がこのプログラムには存在している。そういうことを続けていると、その経験というものは発酵していく。こころというものが時間をかけて変容する。ここでは予測不能であるわからないが登場する。
このわからないには、わくわくするし、ドキドキする。
気がつけば、こころは変わっている。変わっていく。
ゆさぶられ、すくわれる
私のこころもずいぶんとゆさぶられた。感情があふれることがあった。ただ、それを眺めるだけでなく、抱きしめて大切にしてみることが少しずつ少しずつ、できるようになってきた。私は、まだまだ雑な扱い方しかできていない。それを仲間がすくってくれる。そして、気がつけば自分のこころには、新しいなにかが入っている。
自分を自分で決めつけていたもの、縛ってきたもの、もう必要のないものであったり。そういうものたちへは、さようならをちゃんといってから流されていく。そういうものでも、今まで私を支えてくれた大切なものであるから、きちんと「さようなら」っていっておきたい。でも、忘れずになにも告げずに、いなくなっているもののある。
こころの不思議を感じずにはいられない。
それがCforCのプログラムを受けていての一番の感想になる。
それでいいのだ
わからないへの答えはあるのだろうか、
いや、その答えって出せない。
でも、それでいいのだと思えてきた。これは、わからないものをポイっとゴミ箱に放り投げるのではなく、せっかちに答えを求めるのではなく、そっとふれてみる、抱きしめてみる。あるいは、そのまま時間をかけてねかせてみる。そんな余白(あそび)が生まれてきた。その変化は、私の力だけでなくて、仲間の力が大きい。こうやって、他人からの手助けも素直な気持ちでうけとることができるようになっていった。
さらに、この変容が仲間同士で循環していく。
私の願い
気がつけば私の子どもへの接し方だけでなく、地域の人々との関係、いつも通っている街の風景がどこか違ってみえてくる。
私というちっぽけな存在が、
誰かに影響して優しい間が広がっていく
こんなことを夢みている。現実になってほしい。プログラムに参加している私は、本気でそう思っている。ぜひ、この優しい間を体験することで、一人ひとりがそれぞれの場で、それぞれの自由なこころで、市民性に支えられた優しい間が広がっていくことを、心から願っている。
最後のリフレクションを終えて
ここまでの文章は、私が2021年の末に書いたものである。最後のリフレクションは、2022年1月15日にあったので、その感想を追記しておきたい。以下の文章は、CforCのコミュニティに私が投稿したもので、個人的な感想であり、気づきになる。少しでも、CforCを読み手のあなたに届けられたのであれば、これ以上の喜びはない。
リフレクションの最終日でしたね。
ここまでの道のりを、みなさんとご一緒できたことに大変感謝しております。
一人のために50分の時間があるって、本当に贅沢なものだなあって。改めて、このリフレクション、そして参加して伴走してくださる方々に、尊さを感じてます。
私は決して無力ではないけれども、私一人ではどうにもならなかった、抱えきれなかった、そんな苦しい気持ち。私の大事にしているものは、どこかずっと脅かされていて、安全ではなかったこと。わかっていなかったわけではないんですが、どこかそれに向き合えなかった、避けてきた人生でした。そのおかげで生きてこれたけれども、どうも行き詰まってた。
それが最後のリフレクションで出てきた「喪失」という言葉。意識できていなかった、喪失くん。それを私は発見してしまいました。これで、私の今までの生きづらさが、少しは整理された記憶となっていくことになればいいなあって。痛みに気づくことにはなりましたが、それを抱えていれた、ある意味で発見を祝ってくれたみなさんがいたこと。ああ、これは幸せな体験でした。あの涙って、本当に自分の身体の底から湧き上がるもので、こんな涙ってはじめてだったかもしれません。
あいまいなんです。でも、それをはっきりさせることもなく、ただただ放置してきた。この蓄積は、私のこころに穴をあけてきた。そして、ふさごうとしてもしても、もれだしていくばかりで、誰かから大切なものをもらっても、どこかで落としてしまったような、そんな感覚は、喪失くんのいたずらだったんだなあって。
子どもとの関わりも、私のそんな弱ったこころの支えとなるものであり続けてきました。ただ、仕事でやっている以上は、どこか自分のこころを隠したり、遠ざけたりしてきて。でも、子どもたちって、そんな私のことを、どこかしっかりと見ていたのかもしれません。それがどういうことなのかはわかりませんが、私は子どもにしかない力を信じているので、そう思ってます。
この喪失くんの発見。すぐに流していけるものでもないですが、少しずつ彼と仲よくなって友達になれたらいいなって思ってます。
今日という日を、このような形で迎えられたこと。これ以上、言葉をつなげていくのが難しいのですが、ありがとう。その言葉で今日は終わっていいのかなと。
執筆:CforC2021修了生 松尾航